薬師丸ひろ子金沢公演

数年前から歌手・薬師丸ひろ子のファンで、コンサートに行くのが毎年の楽しみ。
今年は春のツアーの大阪公演と、秋のツアーの名古屋・金沢公演に行ってまいりました。
軽い追っかけ状態ですね。

今年はかなり調子が良いらしくどの公演も素晴らしかったのですが、金沢公演に関しては、貴重な体験をしてしまった以外の感想はちょっと出てこないんじゃないかと思う。

まず、セットリストの選曲が良い。
最新アルバムtreeからはステージ映えのする、きみの月光、水色星座、薬師丸ひろ子自身の作詞による今日、時の道標、そしてツアータイトルにもなっているきみとわたしのうた。
きみの月光と水色星座はアレンジが洒落ている上に、薬師丸ひろ子の声質ともとても良く合う。セットリストに加わることで声のイメージを損なわずに音楽的な幅が広がる。これからのコンサートでも鉄板にしてほしい。いつかビルボード東京(行ったことないけど)みたいな小洒落た(田舎者)会場で聴いてみたい(チケット取れん)。
今日と時の道標は、表現こそ柔らかいものの詩の内容は求心的とさえ言える。この2曲が、今回は錨のような役割になってコンサート全体に奥行きが出たと思う。
正直、アルバムtreeを聴いたときには、富田恵一が手掛けた2曲(今日と素敵をあつめて)の編曲と録音にどうしてもなじめなかった。でもコンサートで聴くことで、今日の曲の良さがダイレクトに伝わる。たんぽぽやクローバーを見つけて散歩する動作も愛らしく、会場は幸せな空気。
時の道標は、発表以来コンサート最終盤に歌われるのが通例になっていることからも、最近の薬師丸ひろ子の心情に一番近い曲なのだろう。ただ、今回の金沢講演ではその中でも特別。金沢が高倉健との思い出の地ということもあってか、こんなに生の感情を出す人だっけ?と驚く程の表現。会場で高倉健さんが聴いているのではないかと思ったのは僕だけではないと思う。
きみとわたしのうたは、コーラスパートどうするねやろ、録音した音源使うんやろな?と思っていたのだけれど、ここは主にストリングスが対応。最初からそうであったかのように、ただ美しい。アルバムtreeをCDで聴いた時には、「教えるよ まちがってるよね」という言葉のアタリがちょっと強すぎるかなと思ったのだけれど、生で包み込むように歌われると、ひたすらに柔らかく、あたたかい。

コンサート本編のピークの一つが、アカペラによる小さい秋見つけた、からのかぐやの里の流れ。
素晴らしい歌唱。見事、という以外の言葉がない。唱歌を集めた企画盤を制作してくれないだろうか。間違いなく素晴らしいものになると思うのだが。
作曲者中田喜直への経緯とユーモア、そしてサービス精神に溢れた曲紹介も良い。因みに、薬師丸ひろ子のコンサートへは3年間で通算6度目だが、楽曲の提供者への、高倉健への、映画監督ら関係者への・・・敬意と感謝の言葉を聞かなかった日はない。

最近のお決まり、後半のメドレーで特に印象に残ったのはユーレイズミーアップ。この辺の選曲は絶妙だと思う。
ド定番からは外れていてコンサートでもほぼやってないけど、みんなが知っている持ち歌。リピーターも初めてさんも納得の選曲。
「何故だか日本では私が選ばれて・・・」という曲紹介には、会場の全員が「いやいや、貴女の声にドンピシャですやん」と思ったに違いない。
もう一度、cinema songsみたいなカバーアルバムも制作してくれないかな。

定番曲で驚かされたのが、時代。
最近はバイオリン1挺のみの伴奏で歌われることが多かったのが、今年はバンドでの演奏に回帰。
バイオリン1挺のみの伴奏での歌唱も、玄人同士のガチ勝負みたいな感じでとても好きなのだけれど、久しぶりにバンドで聴くと逆に新鮮で良い。
小さい秋をアカペラで歌ったこととのバランスからバンドに戻したのだろうか。それとも、リピーターを飽きさせないための配慮だろうか。
実際、曲を選び編曲をするというのは大変な作業だと思う。何しろデビューから長い方なので、僕みたいな新規のファンとは異なり所謂懐メロを求めてくるお客さんも多いだろう。外せないヒット曲がある上に、曲は聞き手のものなのでイメージを損ないたくないという理由からキーさえ変えずに歌っているというのはファンの間では有名な話。当然、原曲のイメージとかけ離れた編曲はできまい。ヒット曲でセットリストがある程度固定、一方でリピーターにも楽しんでもらえるように新鮮味も必要、しかし原曲から極端にかけなはれた編曲は不可・・・。我々ファンを楽しませてくれるスタッフの皆様には感謝しかない。
曲の入りがオルガンっぽい音からというのは、金沢で初めて気が付いた。

数々の映画の主題歌/ヒット曲については、今更言うまでもなし。
今年のwomenは特に良い。まれに一番高い音が出しづらそうな日もあるが、この日はノーストレスでどこまでも伸びる。肺活量もどうなっているのか、まったく不思議。
本編最後のセーラー服と機関銃は、もう一旦出し尽くしました、という感じ。最高に満足です。有難うございます。お礼が言いたくなる。

選曲に唯一不満があるとすれば、名盤エトワールからもう少し歌ってほしかった。
実際、エトワールから唯一歌われた窓が素晴らしい。イントロのコントラバスとチェロのからみが、単純ながらとても良い。楽器の配置(チェロがステージの一番左上、コントラバスが一番右下)も相まって、視覚的にも音響的にも広がりが出る。そして間奏でストリングスが音を一瞬音を止めた瞬間、胸をつかまれる。
やっぱり音楽って良い。薬師丸ひろ子の歌唱はもちろん、舞台演劇を見ているかのような動作も良い。

ストリングスについては、今年は特に2ndバイオリンが印象に残る。ちょっと枯れた渋めの音を出す1stバイオリンに対して、2ndバイオリンは艶々。んもう艶々。
因みに、薬師丸ひろ子Live at GLORIA CHAPEL 2021 Blu-ray(誕生日に貰って薬師丸ひろ子ファンになったきっかけ)を初めて見たとき、1stバイオリンの弦一徹の演奏が凄くて、バイオリン目当てで見直しました。
コンサートでも、ストリングス側のちょっと良い席に当たると、ボウイングのテクニックって色々あるんやな、とか、ピチカートって親指でも弾けるんやなとか、ストリングスを見ているだけでも結構面白い・・・、いや、言うてひろ子さん見てしまうけど。

最も、今年のコンサートのうち、金沢に限定していえばストリングスの印象が薄かったのだけれど、これは単純に座席の場所の問題だろう。なにしろ、前から3列目(!)右側、ギターの真正面だったのだ。
エレキギターをセミアコから、ソリッドギターに変えたのが今年のセットリストに嵌っていてとても良い。ちょっとファンクっぽい要素も入れたカッティングは、シティポップブームを意識したのだろうか(ただ、シティポップのギターによくある完全なクリーントーンではなく少しジャギ感のあるサウンド)。いや、シティポップを意識するも何も、薬師丸ひろ子のヒット曲の多くはシティポップの立役者の手によるものだ。
前から3列目なので、もう二度とこんな至近距離でひろ子さんのお顔を拝見する機会はないかと思い、最初はひたすらひろ子さんばかりをみていたのだが、ギターが格好良いもんでだんだんとそっちにも目が行く。ピックを加えてアコギを弾く、ベースの方を見てニヤリと笑う、という何気ない姿がやたらに格好良い。
ギターソロは2曲、うち1曲はお決まりの探偵物語。毎回、この曲のソロの時だけ立ち上がってギターを弾くのが、自身をロックンローラーと定義した大瀧詠一へのリスペクトみたいで良い。いや、実際のところは知らん。普通に考えて、折角の見せ場やし、単に見栄えが良いから立って弾いてるだけかな。

近くで見ると、いつも以上に薬師丸ひろ子の表情の変化が分かる。
1曲1曲、フレーズ毎に表情が変わるのだが、不思議なことに時折今の大人の表情の奥からスッと少女の頃の顔がー皆が知っているWの悲劇や探偵物語の頃の顔がー浮かぶのだ。まるで大事に保管されてきた包み紙が解けて時折その中が顔を見せるように。
また、曲の合間に少し醒めたというか、クールというか、気取ったというか、何とも言い難い表情をするのもとても良い。

今年の秋のコンサートのオープニングはベースのソロだったが、各パートそれぞれに少しずつでも見せ場があるのはやはり嬉しい。薬師丸ひろ子のファンであると同時に、だんだんこのバンド(ツアーバンドのメンバーは一部を除いて毎年固定)のファンになりつつあるなと思う。
去年のコンサートがやや焦点の定まらない散漫な感じがしたのと、最新アルバムのtreeをCDで聴いた際に滑舌が甘く感じるところがあったのとで、今年のコンサートを見るまでは少し不安があった。しかし、今年の春のニューアルバムお披露目ツアーで気合の入りまくった歌唱と焦点の合った演奏は、良かったという言葉では軽い。
バンドの音のまとまりについては、コーラスが適合してきたのが地味に大きいと思う。去年から加入のコーラスがR&Bぽくて格好良いんだけど、薬師丸ひろ子の声と合わずに、去年はかなり異物感があった。それが、今年は全く違和感を感じず、全体にフィットしている。調整したんでしょうね。プロって凄いな。

とにかくこの日は調子が良く、メンバー紹介でも曲紹介でもサービス多め、冗談多め。
どちらかというと自己評価が辛い人のイメージがあるだけに、自身で「今日は調子が良い」と言っていたのには驚いた。もちろん、今まで伺った6回のコンサートで、そんな言葉を聞いたのは初めて。
春のツアーから一転、秋のツアーではお姫様ドレスが復活したのだが、「このドレスで買い物は行かない」は、今思い出しても楽しい。

客出しの音楽は、いつもの夢で逢えたら(この曲もいつか生で歌ってほしい)。いつもの通り、いやいつも以上に丁寧に挨拶をし・・・、たのにステージに残って高倉健さんとの思い出を溢れて滴り落ちるようにお話してくれる。こんな事もあるんだなとしっとり聞いていると、なんと戦士の休息をアカペラで歌ってくれる(アカペラでもよいですか?ってどんだけ謙虚なのか)。これに感想どうこう言うのはもはや無粋というもの。高倉健という人は、どれだけ大きい存在だったのか。両側の席からすすり泣きが聞こえる。まるで大スターの薬師丸ひろ子から生身の薬師丸さんがーそれも結構深いところがー見えてしまった/見せてもらえたよう。こんな事が起こっても良いのか(もちろん、好意的な意味です。批判などあるはずがない)。

薬師丸ひろ子のコンサートの何が良いのか?
もちろん、曲が良い、演奏が良い、歌が良い。透き通った声と生真面目で温かいキャラクターに包まれる多幸感が良い。それもある。しかし、それ以上に、コンサートの後の帰りの道中で、「明日からもう少しでも良い人間になりたい。」「良く生きたい。」と素直に思えるところが好きだ。日々をやり繰りしていく中で明日を信じること、明日の自分を信じること、そのためのほんの少しの勇気をくれる、というのが広い意味でのエンタテインメントの役割だとこの年になって思う。

音楽の素人の書いた個人的な感想ゆえ、的外れ、不愉快な表現がありましてもどうかご容赦ください。
やはり音楽は良いですね。

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石川県金沢市 司法書士・行政書士 松村義信
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